杉浦功次 STORY 〜「地域の暮らしを守る。」その想いが生まれるまで〜

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Q1. まずは自己紹介をお願いします。
1997年12月19日、高浜市で杉浦家の二男として生まれました。
一つ上の兄は警察官、五つ下の妹は心理カウンセラー。現在は妻と娘の3人で暮らしています。
私は創業91年の工務店「株式会社ダイアサ」の代表を務めています。
「最初から家業を継ぐつもりだったんでしょう?」
そう聞かれることもありますが、実は全くそんなことはありませんでした。
むしろ建築とはまったく違う人生を歩もうとしていた一人です。

Q2. 子どもの頃はどんな少年でしたか?
一言で言うと、典型的な悪ガキでした(笑)
とにかく体を動かすことが好きで、家にいるより外で遊んでいる時間の方が長かったですね。
木に登ったり、川で遊んだり、自転車で遠くまで行ったり...。
兄弟の中でも一番ケガが多く、両親にはたくさん心配をかけたと思います。
でも、その頃から「興味を持ったらまずやってみる」という性格だけは今も変わっていません。

Q3. 学生時代、一番夢中になったことは何ですか?
間違いなく野球です。
小学2年生から高校3年生まで約10年間、野球一筋の毎日でした。
最初は正直、生意気な子どもだったと思います(笑)
味方がエラーをしたらふてくされて怒って監督からカミナリが落ちたことを今でも覚えています。
ですが、野球を通して礼儀や上下関係、仲間を思いやる気持ち、そして努力を続けることの大切さを学びました。
高校は誉高校へ野球の特待生として進学し、寮生活を送りながら毎日野球漬けの日々。
当時は本当に厳しかったですが、あの経験が今の私をつくってくれたと思っています。
仕事でも、「約束を守ること」、「仲間を大切にすること」、「地道な努力を積み重ねること」
この3つは野球から学んだ大切な財産です。


Q4. 高校卒業後は、そのまま家業に入られたのですか?
いいえ。
実は建築には全く興味がありませんでした。
当時の夢は消防士になることでした。
理由は今思えば単純です。
「かっこいい。」、「人の役に立つ仕事だから。」そんな憧れからでした。
ところが、高校3年生になって消防士を受験しようと思ったらまさかの願書受付が終了していました(笑)
今では笑い話ですが、当時はかなり焦りました。
そこから急遽、公務員を目指して専門学校へ進学することになりました。

Q5. なぜ名古屋国税局を選ばれたのですか?
もちろん給与や福利厚生なども理由の一つでした。
でも、一番大きかったのは、「正しいことをしている人が報われる世の中にしたい」そんな思いでした。
脱税や嘘をついて納税しない人がいる一方で、真面目に納税している人がいる。
私は後者が損をする社会であってはいけないと思っていました。
採用面接では、「アンパンマンのような正義の味方になりたいです。」そんなことを本気で話したのを今でも覚えています(笑)

Q6. 国税局ではどのようなお仕事をされていたのですか?
徴収部門に所属し、「差押え」、「家宅捜索」、「納税相談」などを担当していました。
毎日、多くの経営者や個人の方とお話しする中で、お金の問題が人生にどれほど大きな影響を与えるのかを目の当たりにしました。
この経験は、現在の家づくりにも大きく生きています。
私はよくお客様に、「家は建てることがゴールではありません。」とお伝えしています。
住宅ローンが苦しくなり、旅行にも行けない。
子どもの教育費に悩む。
そんな家づくりは絶対にしてほしくありません。
建てた後も笑顔で暮らせること。
それが本当に良い家づくりだと考えています。

Q7. やりがいのある仕事だったにも関わらず、なぜ退職されたのですか?
実は国税局へ入った頃から、「いつか自分で経営をしたい。」そんな夢がありました。
また、国家公務員は数年ごとに転勤があります。
私は昔から、この地域で生まれ育ったからこそ、「地域に根差して仕事がしたい。」という思いも強く持っていました。
仕事には大きなやりがいがありました。
ですが、もっと直接「ありがとう」と言われる仕事がしたい。
もっと人の人生に寄り添える仕事がしたい。
そんな気持ちが日に日に強くなり、退職を決意しました。
退職後は約1年間、沖縄や離島でゆっくり過ごしながら、自分が本当にやりたいことを見つめ直しました。

Q8. そこから住宅業界へ進まれたきっかけは?
実は家業を継ぐつもりもありませんでした。
そんなある日、父の確定申告書を見る機会がありました。
普通なら何気ない一枚の書類かもしれません。
でも、その数字を見ながら、「建築って面白そうだ。」、「この会社をもっと良くできるかもしれない。」そう思ったんです。
そして、90年以上続いてきた会社を自分の代で終わらせたくない。
その思いが家業を継ぐ決意につながりました。
人生は何がきっかけになるか、本当に分からないものですね。

Q9. ダイアサとは、どんな会社ですか?
株式会社ダイアサのルーツは、「大浅建築」です。
創業者である祖父・杉浦浅二が、「大工の浅二さん」と地域の皆さまから親しまれていたことが名前の由来です。
時代は変わり、会社名は株式会社ダイアサとなりました。
しかし、「地域に必要とされる工務店でありたい。」この想いだけは創業当時から何一つ変わっていません。
ありがたいことに、私は某上場プライム企業が運営する全国の工務店が集まる組織で「優秀ヒットメーカー賞」を受賞させていただき、現在は全国の工務店様向けに講師としてお話しする機会もいただいています。
ですが、私が一番誇りに思っているのは賞や肩書きではありません。
「ダイアサにお願いして本当に良かった。」お客様からそう言っていただけること。
それが何よりもうれしく、次も頑張ろうと思える瞬間です。

Q10. 最後に、家づくりへの想いを聞かせてください。
ダイアサには創業当時から受け継がれている言葉があります。
「地域の暮らしを守る。」
この言葉は会社のスローガンではありません。
私自身の使命です。
家づくりとは、家を建てることではありません。
その家で暮らすご家族の未来をつくることだと思っています。
「ご家族の命を守ること。」、「家計を守ること。」「お子さまの成長を見守ること。」
困ったときにすぐ相談できる存在でいること。
そして10年後、20年後、30年後も、「ダイアサに頼んで良かった。」そう思っていただけること。
それが私たちの目指す家づくりです。
私は元国税局職員として、お金や税金のことも学んできました。
だからこそ、建築だけではなく、住宅ローン、資金計画、税金、土地探し、そして建てた後の暮らしまで含めて、お客様の一番の相談相手でありたいと思っています。

最後に
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
数ある住宅会社の中から、このページを読んでくださったことを心から嬉しく思います。
家づくりは、多くの方にとって一生に一度あるかないかの大きな決断です。
だから私は、「契約していただくこと」を一番の目的にはしていません。
まずは安心して相談していただきたい。
悩んでいること、不安に思っていること、分からないこと。
どんな小さなことでも構いません。
私たちは無理に家を勧める会社ではありません。

お客様にとって本当に良い選択は何かを、一緒に考えることを大切にしています。
家を建てた後、「あの時ダイアサに相談して良かった。」
10年後も20年後も、そう思っていただける関係を築くことが、私の一番の願いです。
もし、このページを読んで少しでも「話を聞いてみたい」と思っていただけたら、ぜひお気軽にご相談ください。
あなたとご家族にお会いできる日を、心より楽しみにしております。
株式会社ダイアサ
代表取締役 杉浦 功次

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